yrg7.png


/////
///

SANY0501.JPG

芽育『雪板』YUKIITA

ISSUE01 / どんな経緯で雪板を考え出したのか。


スノーボードやスケートボードを子供の時からやって来た。
そして様々な所でも滑れる様になり、15年ぐらい前からゲレンデ以外でも滑る様になった。
その頃、スノースケートやスノーデッキという物を目にする様になり、ゲットしてやり始めた。
楽しくてゲレンデも普通に滑れる様になった。


あるとき、ゲレンデの脇に急な土手があり新雪が30㌢ぐらい積もっていた。


試しにスノースケートで滑ってみた。
上のスケートデッキが浮力を増し、思ったよりも滑って降りることができてた。
それはスノーボードと全く乗り味が違って、かなり楽しい遊びだと思った。
それもたった10メートルくらいの急坂で4ターン出来るぐらい小回りが利いて、満足度が高く手軽に遊べて良いなと思った。
これでパウダー用があったら良いな』とその時は思った。


何年かたって、今度は借りたスノーデッキで急なパウダーバーンを滑ってみた。
かなり気持ちよくターンができた。
樹脂のスノーデッキを張りがある木にして、滑りやすい形にしたらかなり遊べると確信した。


しかし、それから何年か経っても、それらしき物を目にする事がなかった。
親友にそんな話をしたら盛り上がりった。
すると親友は後日製材所から、かまぼこ型の無垢の木の皮の部分の端材をもらって来てくれた。


『これで作ってみなよ』って。それがきっかけで板を削り始めた。


それは、雪の上で滑る木板


かなりシンプルな遊びなので、スノーボードを和訳しただけのシンプルな名前、『ゆきいた』と呼び始めた。
滑ったら思った通りかなり楽しくて、難しい遊びだった。
スノーボードを始めたときのようなドキドキ感と滑れたときの感動に引き込まれていった


そして、その名前と遊びは少しずつ浸透し、一つのカテゴリーの様になっていった。

SANY0257.JPG

五明 淳 Gomyo Atsushi
板乗り/ 芽育"MAKE"雪板研究所 所長 

1978年長野市生まれ。
8歳からスケートボードで出かける様になり、13歳からスノーボードをして育つ。

2004年よりGENTEMSTICKライダーとして活躍。
自身のモデル「 THE SNOW SURF PHENOMENA 142 」のデザイン手がける。


今までの経験から”雪板”をハンドシェイプしながら研究し・作り上げ・製品化。
”MAKE”雪板・snowtoysのワークショップを各地で開催し、この遊びを広めている。

出演作品  ゆきめぐり-ニッポン雪山紀行-/FREERUN.
      八甲田 -風と樹氷の山-/okaken cinema
      Signatures/Sweetgrass Productions.
      *芽育雪板 presents『FANTASTIC SESSION』他